こんにちは。MIT(マサチューセッツ工科大学院)のスローンフェローMBAでは、今日が夏学期のタームS1とS2のちょうど合間。わずかな1日のオフです。S1とS2はオンライン実施で、各1カ月ほどの期間ですが、昨日はS1のDMD(Data, Model and Decidion)で最終試験でした。土俵際でギリギリ残った、はずです。
明日からはS2の3科目が始まります。Financial Accounting(アカウンティング)、Introduction to Operations Management(オペレーション戦略)、Organizational Processes(組織行動)。講師も課題も進め方も変わるので、またペースをつかまないといけません。
オペレーション戦略は、ほぼ毎日のペースでケースリーディングの課題が1本あります。ちょっと開きましたが、英語のこれ読み切れるのか……。ということで、今日のテーマは「英語の壁」です。わたしたちの「永遠のテーマ」かもしれません。
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最近は、採用面接の面接官やES(エントリーシート)の添削を頼まれると、ずいぶんと「学生時代に留学しました」という大学生が増えました。そう聞いて「で?」という感情がわきますが、私が大学生だった20年ほど前と比べて、英語を身近にしたり、得意にしたりしている若い世代が増えていることは違いないと思います。
わたしは大学生時代の留学経験はありません。帰国子女でもありません。受験英語から、大学4年間で英語をまったく使わずに、完全に抜け落ちた状態で社会人になりました。卒業後に試しにTOEICを受けたのですが、990点満点で300点代後半でした。期待していなかったとはいえ、このスコアには正直へこみました。
初任地の金沢時代、在任2年間で2度だけ取材で英語を使う機会がありました。街頭取材と、マスターズ陸上で来た外国人選手へのインタビュ-。「あー、えー」と、しどろもどろになって、まともに聞けなかったことを覚えています。会社の同僚も同席していたので、恥ずかしさも相まって、「英語をなんとかしたい」と思ったものです。
その後、金沢から神戸に異動しました。そこに英字紙で以前働いていて、転職してきた英語使いの入社同期Aさんがいました。海外の大学だか大学院を出ていたと記憶しています。Aさんが休憩時間に英字新聞を広げている姿は、情報を得るためなのか、見せびらかすためか……。内心ひがんだ感情を持ちつつ、当直当番で一緒になった夜、Aさんに英語の上達方法を聞きました。
「Aさん、いま24、25歳なんですが、英語がほとんどできません。どうやったら英語力を伸ばせますかね」
飼い主になでてもらえるのを期待した子犬のような目つきと口調で、聞きました。
Aさんは、こちらを見るなり、言いました。
「無理なんじゃね」
想定外の答えに、「え」という言葉が出たか出ないかぐらい。言葉を失いました。
「今さら、無理でしょ」
Aさんはそう言い放って、会話を終えました。
あれから15年ほどたちました。
この間の私は、執念深く英語学習をのらりくらりと続けてきました。
正直、いったいいくらお金をつぎ込んだかわかりません。
大阪では仕事の合間に時期を分けて2つのTOEIC講座に通いました。4月になればNHKのラジオ講座を受け始め、そのうち自然消滅に。通信教材アルクの「ヒアリングマラソン」は2度、挫折しました。東京ではコーチングつきのTOEFL講座に行きました。「本番と一緒で良い」と聞けば、中国語や韓国語のTOEFL教材まで仕入れました。積み重なる教材、でも、なかなか伸びない英語。いったい、いつになったら「ペラペラしゃべれて、苦労なく英字新聞が読めるのだろう……」。壁は厚いままでした。
しばらくは学習目標を留学することに置いていました。2016年~17年に社費でアメリカ留学が実現しました。35、6歳にして初めてのアメリカ留学中に、想定していなかった体験をしました。私の英語力を推し量り、「英語観」を変えた2人の言動です。
MITで知日派として知られるリチャード・サミュエルズ教授のゼミに参加しました。テーマは「東アジアの安全保障」。いかにも難しそうで、実際、ハードすぎて吐きそうになりました。リーディング課題は、1週間で本10、20冊という分量。挑みましたが、量も中身も難しくて読み切れませんでした。この量は、阪大院に留学経験があったアメリカ人も「大阪で2年間かけて読んだ内容を1週間で求められている」と、驚いていました。
10人ほどのゼミ仲間は、名門プリンストン大を出てPhD(博士号)課程に進む秀才やらで、まったくついていけない。日本からきた新聞記者ということで、サミュエルズ教授は当初、わたしにコールドコールならぬ、あたたかなウオームコールをして発言を求めていました。「吉田茂の安全保障政策について説明してくれる?」「小沢一郎の日本の政治における役割を語ってほしい」など。まともに答えられませんでした。
ゼミの授業中に非常ベルが鳴って、教室の外に避難したことがありました。私はそのまま授業がなくなることを心で願うほど、ひよっていました。2時間、ほとんど沈黙で発言しても一言、二言で終わる日が続きました。
秋学期も終わりに近づくころ、私が研究していた「日米原子力協定」が話題になったのでいつもより長めに発言もしました。ただ、プレゼンスが底辺以下になっている私の発言に、教授は「ありがとう」といいながら、切り落としました。まるで言葉がおぼつかない幼稚園児のように扱われている、と私は勝手に感じました。
Google日本法人名誉会長村上憲郎さんが著書「村上式 シンプル英語勉強法」で、「アメリカのビジネスシーンで英語ができないと、チンパンジー扱いされる」と書いていたことを思い出しました。英語ができて当たり前で、その先の議論や実務をする際に、1人つたない日本人がいると、「なんで、こいつはこんなに英語ができないんだ」と、不思議がられるのです。
すっかり自信をなくした私は、春学期にボストン大学(BU)でジャーナリズムの講座にいくつか潜り込みました。一つはボストン・グローブの元写真部長が教えるAdvanced Photojournalism。毎週与えられたテーマで、一連の5組写真を撮って、講義でプレゼン、クラスメートと批評しあうという、楽しさしかない講義でした。そのときの私の発表作品はここに残っています。
街に繰り出して、写真の撮影許可をもらうので、当然、英語を話さないと、いけません。「私は日本から来て、いまBUで授業を取っている。今日はこういうテーマで写真を撮っているのだけど、協力してもらえるか」と、明るく話しかけます。キャプション(写真説明)をつけるためにインタビューも短くて数分、長いときは30分ぐらいしました。課題をこなすことも念頭にありましたが、私はカメラ片手にリラックスしてその英会話を楽しんでいたのを覚えています。
あるとき、ベンチに座っていた初老の女性に言われました。
「あなた、英語がとっても上手ね。素晴らしいわよ。今日はありがとう。楽しい会話をさせてもらったわ」
チンパンジーからの大進化です。
もちろん安全保障を語れといわれると、またチンパンジーに戻りそうなのですが、テーマや相手、環境次第でこれほど英語力の他者評価は変わるのか、と思いました。自分の英語力は何も変わってないのに、コミュニケーション相手や対象次第で「できる」「できない」は大きく違ってきます。
「英語上達には、英語を使わざるを得ない環境に身を置くことが大事」とよく聞きますが、いい歳して、獰猛なライオンが集まる環境に入れられたら、チンパンジーも片隅で縮こまります。自らのメンタルブロックが最も邪魔していると気づきました。また、自分の不得意や苦手な分野で、日本語でも言葉につまるような会話は、やはり英語でも難しい。
その後、ジャカルタで3年余り、仕事で英語を使って、現地スタッフとコミュニケーションをとり、仕事しました。アメリカと違って、ノンネイティブ同士であれば、こちらも緊張せずに使えます。メンタルの壁がもう一段、下がりました。
インドネシアでは、大卒者の大半は英語をかなり使えます。留学者も多く、大臣クラスにとどまらず、役所の局長・課長クラスも驚くほどペラペラです。経済面では発展途上国ですが、私の体感では、英語に関しては日本のほうが「途上国」という印象を受けました。
ジャカルタから帰国して最近、試験対策をすることなくTOEICを受けました。5年前の留学後に受けた点数より上がり、自己ベストでした。自らが目標とする点数まで、あと少し。下手なりに、できないなりに、チンパンジーもゆっくり進化しています。
5年越しの再挑戦ともいえるMITのMBAクラスでは、英語力はまだまだ。最後尾ですが、あまり他人との比較は気にしすぎても、また、ちぢこまってしまうだけです。この機会もまた、ゆっくりでも成長の針を進めてくれると期待して、いわば「KYのチンパンジー」として積極的に発言をしています。
「もう無理じゃね」と悲観しない。コツコツと続けていれば、気づいたら、少しだけ成長している。これが私の英語観です。はやく「ペラペラ、英字新聞」にたどりつきたいですが、まだ道半ば。それでも、15年前、5年前より、いまが自己ベストです。
最近は「○日で一気に伸びる英語」とか、「英会話 これだけやればOK」といったたぐいの書籍には一切、手を出さなくなりました。そして、英語の学習自体にお金をかけることも、ほとんどなくなりました。ダイエットや筋トレと一緒です。やはり相応の時間はかかります。
あなたの「英語の千里の旅」も応援しています。
まずは、1ヶ月お疲れ様でした。
ひとこと、感動しました。
「下手なりに、できないなりに、チンパンジーもゆっくり進化しています。」
何でも出来ちゃうクールなのがさん、英語でもこんなご苦労があったのですね。グロービスで一緒に学ばせていただき分かってはいましたが、改めて、努力の人なんだと思いました。
私も明日から新学期、緊張と不安と、自分で勝手に掛けているプレッシャーに、始める前から押しつぶされそうです。でも「他人との比較」はしない。自分なりに一歩一歩進めば良いのですね。
少し心が軽くなりました。ありがとうございます。
次のアカウンティングとオペ戦、メンタルブロックを外して頑張ってください!笑
分かります(笑) それは、きっと野上さんの知性が高いからこそ感じるフラストレーションだと思いますよ。母国語での思考力が高い人ほど、それを外国語に転換する際のハードルは上がると思います。例えば、文章も長くなりますよね。なので、ちょっとアホになったつもりで、簡単な日本語で考えると良いかもしれません。